第5回 ベオグラードには“バス”がない?
今回のシルクロード・アドヴェンチャー「鉄道見聞録」の目的は、ローマから奈良まで、ひたすら鉄路をたどることにあるが、それぞれの街でシルクロードの残影を追体験することをテーマにしている。
すなわち、1つはバザール(露店市場)、2つ目は麺、3つ目は風呂(銭湯)である。バザールはおそらく西アジアや中央アジアで自然発生したものが、東は日本へ、西はローマへとつながったものだろう。麺はマルコ・ポーロが中国からイタリアに持ち帰ったものがスパゲッティとなったという定説があるが、果たしてどうだろうか? 西から東への旅で、麺を追うというのもこの企画の大いなる目玉なのである。3つ目の風呂、すなわち温泉や銭湯はどうなのだろうか?
ローマ人はもとより、風呂好きで、占領した各地で温泉を見つけ、温泉場を開発している。トルコ人もトルコ風呂なる蒸気風呂が有名で、一時は日本でも風俗産業として花街を潤したこともある。というわけで各地の温泉や銭湯に入ってこよう、と思っていたのだが、ローマ、ヴェネチアには遺跡はあっても、実際に入れる共同風呂はもはやなかった。ここベオグラードはいかに?とガイドのトミチ氏に問うと、
「あるよ。いつでも体験できるよ」
との気軽な返答。では市内観光の後に、ぜひ連れて行って、と頼むと、
「いいよ。もちろんさ」
さて、セルビア正教の教会や城塞跡、モスク、バザールなど見て歩くと、夕方になってきた。
「風呂は? ぜひ体験したいのだが」
と釘をさすと、
「最後にしよう。ホテルに帰るのも便利だから」
と、ついに日は暮れ、ガイドとの契約時間が迫ってきた。
共同風呂は言葉も分らぬ旅人がひとりで簡単に体験できるものではない。トミチ氏が一緒に来てくれなければ、やはり気おくれしてしまう。
「さあ、君の念願がこれで叶うよ」
と、登場したのは、なんとトロリー・バス!!
ぼくの言った『パブリック・バス』を、トミチ氏は『トロリー・バス』のことと勘違いしていたのだ。BATHとBUSの発音違い!この辺がぼくのブロークン・イングリッシュの限界なのだ。
そもそもバスのことを話した時、
「タオルとか必要ないか?」
ときいたら、
「なにもいらないよ」
との返事だった。その時、「温泉(Hot spring)なのか?」くらい、聞いておけばよかったのだ。
「このバスに乗ればホテルの前に行くから、そこで降りればいい」
そこで、目的は「共同風呂」のことだった、と言ったら、
「今は皆シャワーだからもうないよ。ホテルの裏にフィットネスクラブがあるから、ジャグジーがあるかもしれない」
というオチなのだ。
バスの運転手はぼくらのやりとりを聞いてか、聞かずか、
「乗車代はいいよ」
トミチ氏は運転手に、
「アリガトウ」
と日本語で返した。
まあ、共同風呂に入りたい、という外人観光客はいないだろうから、トミチ氏の勘違いはバス代タダで、許してあげよう。
(取材日/2009年7月21日)
ベオグラードにももちろん鉄道はある。イスタンブールやウィーンへと線路は続く