第4回 カレーの匂いに誘われて

ヴェネチアは世界中からの観光客でいっぱいだった。迷路のようにくねる路地をゾロゾロと観光客がゆく。道の両側にはカフェテラスやレストランがテーブルを出し、街中が露店市場という感じである。
ヨーロッパ系、アジア系、アラブ系と観光客も国際的で、英語、フランス語、中国語など、さまざまな言葉が飛び交っている。人口が約28万人という小さな街に、年間2100万人以上のツーリストが訪れるという。押し寄せる人の体重で地盤沈下が起こっているのではないか、とも思えるくらいだ。
ふと観光客の足が途絶えた。とある裏小路から懐かしい匂いが漂ってきた。うふふ、カレーの匂いだ。匂いの主は「EURO FOODS」という小さなテイクアウト・ショップだった。店の前にはテーブルがひとつだけ置いてある。
「カレーライスあるの?」
ときくと、30歳くらいの若い店主が、にこにこ笑って、
「チキン・カレー、うまいよ」
と勧める。
「しめた!」
イタリアに入って以来、”イタ飯”続きで、実は飽き飽きしていたのだ。スパゲッティもピッツアもおいしいが、毎日食べていると、さすがにうんざりしてしまう。気温は33度!猛暑のなかを歩いてきた。ここでカレーを食べてみよう。亭主のエメル・ラフマン君(32歳)はバングラディシュの人。故国から身ひとつで出てきて、ヴェネチアのヒルトンホテルで7年修業し、この春ようやくここに店をもった。バングラの星である。
「日本には祖国を助けてもらっている。一番いい国だ」
リップサービスも怠りない。人通りは少ないが、家賃は安く、市場からも近いという。
「この街はいいところだよ。差別がないし、皆優しくしてくれる」
奥さんも故国から呼んで、今は一緒に働いている。黒髪で肌の艶やかなアジア美人だ。 チキンカレーが4.0ユーロ、ライスが3.5ユーロ。ヴェネチアは店で食べるとピッツアが12ユーロ以上する観光地だから、安くて、うまくて、栄養バランスもこの上ない。 懐かしい匂いに包まれて、ヴェネチアの昼餉を楽しんだ。

(取材日/2009年7月19日)

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