第3回 菊池治男「開高健とオーパ!を歩く」
編集者とは一体何か、を教えてくれる一冊である。著者は「PLAYBOY日本版」で、作家・開高健の担当者となり、1977年、「オーパ!」でブラジル取材に同行した。本書はその後、33年経ち、定年退職を迎えた著者が、作家の面影をしのびつつ、アマゾンの冒険旅行を追体験するというものだ。
「担当編集者」、「会計係」、「秘書」、「ツアコン」と、一人4役をこなしながら、作家が取材活動に集中できるよう縁の下の力持ちとして働く。一般的に作家はわがままである。とりわけ開高健は気難しい作家として知られ、同行者は奴隷とみなし、容赦はない。
「諸君、一度ヨロめいたら、アッという間にやられるのが、アマゾンであり、世の中であり、日本の出版社や。これからは、くれぐれもヨロヨロ歩かんことやね。群落ちしそうやな、と思っても、大声でと言うんやで」。
28歳の新人編集者には気苦労は絶えないし、辛抱、我慢を強要される役割である。
「オーパ!」は開高健が南米のアマゾン流域やパンタナル大湿原を舞台に、釣竿をかついで旅した65日間の記録である。65年、泥沼化するベトナム戦争では作家は自ら従軍記者として現地におもむき、生と死の境をさまよった。その後、パリに滞在し、男女の愛の葛藤をめぐる濃厚な純文芸作品を書き上げた。「オーパ!」はそうした陰鬱とした日々のなかで、自らの心の解放と新しい地平を求め、南半球の見知らぬ荒野に旅立って書き上げたノンフィクションだ。巨大魚を釣る、獲物を得るという、単純行動にのめり込んでゆく作家の心情や野心が荒々しく、時には優しく描かれ、バブル経済期に突入する日本の男たちの心情を掴んだ。以来、30年以上も読み継がれている。 開高健は団塊世代にとっては、忘れられない憧れの作家であった。酒の飲み方、女の口説き方、荒ぶる海にも似た人生との対峙、勝利そして敗北……、われわれは開高健を通して世界を知り、人生の片鱗を理解し、開高作品を読みながら育った。
著者もその一人で、師の行く先々に影となってひそみ、時には“荷物”となり、時には“救世主”となって立ち現れる。
さて、作家への哀惜と当時の冒険旅行の様子は本文を読んでいただくとして、「編集者は存在自体が面白いやつでないと、面白いものは作れないのではないか」という著者のつぶやきは名言である。今後、この世界を継ぐ者たちは、この言葉を肝に銘じて、前へ向かって歩いてほしいものだ。
同行した高橋昂カメラマンは、実はぼくの友人でもあった。著者と同じく開高健を師として仰ぎ、その多大な影響下で活躍した一人だった。師を追うように若くして他界された。
ふとしたことから鎌倉の円覚寺を訪ねた時、開高健の小岩のような墓石がおかれた墓地の片隅に高橋さんも眠っていた。二人は天国で本著を読みながら、著者がやってくるのを待ちわびながら、きっと酒でも酌み交わしているのだろう。熱く、清らかな子弟関係に思わず嫉妬を覚える快作である。
著者: | 菊池治男 |
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タイトル: | 「開高健とオーパ!を歩く」(河出書房新社) |
定価: | 1,890円 |
判型: | 四六判変形 |
発行日: | 2012年2月28日 |