第3回 温泉津温泉駅(山陰本線・島根県)

温泉津温泉の街並み
ゆのつ温泉と読む。津は港という意味だから直訳すると温泉のある港である。温泉津は世界遺産に登録された石見銀山の銀の積出港として栄えてきた。その銀山が発見されたのは鎌倉末期。世界的な規模になった全盛期には温泉津には20万人の人が働いていたという。そのうえ温泉津は蝦夷やみちのくから大阪へ物資を運んだ北前船の寄港地でもあった。それらの人で往時にはさぞかし賑やかな光景が繰り広げられていたことだろう。その面影が街のあちこちに色濃く残っている。駅前から温泉街まで少し歩く。人気の少ない街並みにレトロな酒蔵や格子戸の商家などが並んでいる。深い入り江にある港の先はもう日本海だ。

薬師湯
温泉街へは旧銀山街道の細い道が伸びている。通りには木造建ての小さな湯宿十数軒が軒を寄せ合い、白壁の土蔵や古刹、土産物屋などが点在する。往時のにぎわいの余韻が感じられ懐かしい記憶を呼び覚ます。「昔の日本に会える街」というのがこの温泉の新しいキャッチフレーズだ。共同浴場が向い合って2つある。改装された「薬師湯」は大正ロマン風の建物で、屋上のベランダに上がると石州瓦の甍の波と古い街角がのぞけて新しい名所になっている。

元湯泉薬湯
もう一つの共同湯「元湯泉薬湯」は対照的に昔のままの姿である。建物も浴室もレトロそのものでお湯も素晴らしい。すぐ近くの源泉から自然に湧き出していて、そのお湯を加熱することなくかけ流している。50℃近い茶褐色をした土類食塩泉で濃厚なお湯だ。浴槽は3つに区切られていて熱い湯、ぬるい湯、座り湯とある。湯船のヘリには長年の堆積物が鍾乳石のようにこびりついていて長い歴史を感じさせる。飲泉用のコップを置いてあったのが嬉しい。お湯が新鮮であるという証拠だからだ。

長命館
昔はどこの温泉地でも湯宿は内湯を持たず、お客は外の共同湯に行くのが習わしだった。共同湯が街の真ん中にあるのは当たり前。草津もそうだし、城崎もそうだった。戦後になって温泉を掘ることが技術的に容易になり、それぞれの旅館が独自の源泉を求めるようになってくる。それが全国に広がって外湯の習俗が次第に消えていったのである。いまでは外湯の文化が残る温泉地はほんのわずか。津軽の温湯温泉、山陰の俵山温泉とここの温泉津温泉、と数えるほどだ。温泉津の共同湯「元湯泉薬湯」の持ち主はその目の前に建つ老舗の古びた宿「長命館」である。ここに泊まっても当然ながら内湯はなかった。