第1回 天下の名瀑

観光協会の案内係・関享子さん。2、3人で交代勤務

「酒水(しゅすい)の滝へはどう行くんですか?」
JR御殿場線「山北駅」前の山北町観光協会案内所には、よく、こんな観光客が飛び込んで来る。山北駅周辺最大の観光スポット。「日本の滝百選」の名瀑、しかも、水は「全国名水百選」の美味さである。だが、窓口の関享子さんは、苦笑いしながら、こんな説明をする。

「ほら、『酒』ではなくて『洒』と書いてあるでしょう。
『シュスイ』じゃなくて、『シャスイ』と読みます。でも、素晴らしい滝ですよ」

「洒水の滝」。落差約70メートル

滝の水は滝沢川の清流となり、酒匂(さかわ)川に合流して相模湾に注ぐ―。「養老の滝」のように、お酒臭い水が流れ込んで酒匂川になる、と思い込むのも不思議ではないほど勘違いの条件が揃っている。「酉」と「西」の違いが、こんな珍ドラマを生む。滝は3段になっていて、「洒水」が約70メートル、3つ合わせて110メートルを超す大瀑布である。では、「洒水」とは―。広辞苑によると、「密教で、清浄を念じて檀場にそそぐ香水」とある。鎌倉期の名僧・文覚上人が、100日間滝に打たれる荒行を成した、と伝えられることから、そんな名前が付いたのだろう。一種の霊水、名水の誉れにも納得がゆく。

文覚上人を偲ぶ「洒水の滝まつり」が、今年も7月24日行われた。上人が通った道を箒で掃き清め、滝へ太鼓演奏などを奉納する。約3,000人の観光客でにぎわった。こんな笑い話と歴史を伝える「山北駅」だが、これほど明治以降の近代化と文明の進化に翻弄された駅も珍しい。

山北駅にある「鉄道公園」には、当時走った機関車「D52」が保存されている

明治22年の開業当時の御殿場線は、れっきとした東海道本線の重点駅だった。丹那トンネルの開通前、箱根を避けて遠回りするには、山北駅で補助機関車を連結した。そのために「機関庫」があって、常時、600人もの職員が働いていた。昭和9年、丹那トンネルが完成すると、「御殿場線」という支線に格下げされた。今、駅員は、たった1人。「松田駅」の管理下にある。駅前通りには。往時を偲ばせる見事な洋館立ての商店が3軒、4軒と残されている。

出でては潜るトンネルの 前後は山北、小山駅 
今も忘れぬ鉄橋の 下ゆく水のおもしろさ

明治22年に発表された「鉄道唱歌」東海道編の13番。
もう知る人はほとんどいない。

駅前通りの洋館建ての商店。洒落たバルコニーが懐かしい

昭和8年頃の「山北駅」機関庫。現在は鉄道公園などになっている

November 2020

2020年11月

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