駅ものがたり

鉄道の駅には長い時間をかけて、すばらしい駅風景が残っている。駅が歩んできた歴史や物語など、素朴な魅力あふれる駅風景を追う。

第2回 信越線「安中駅」

  • 記事:太田 博
  • 更新日:2011年10月21日

新島襄・八重夫妻の住居跡

40年ほど前の安中駅は、降車するのが怖かった。ホームから見上げると、駅舎の直ぐ南側にある亜鉛精錬所からイタイイタイ病の原因とされ重金属カドミウムが排出されていた。精錬所に資材を運ぶ、専用線もあった。排煙が頭上を覆いかぶさるように思えた。1970年代初め、日本中で公害訴訟騒ぎが起きた。安中は、その象徴的な地域でもあった。
むろん、現在は安全で平和な町に戻っている。

「安中教会」。今は、幼稚園を併設し、子どもらの歓声が響く

新島襄・八重夫妻

そもそも、安中市は、群馬県屈指の「文教都市」であり、明治以降、いち早く西欧文明を受け入れた町でもある。
碓氷峠を越えると軽井沢。明治の開国以降、外国人の避暑地、保養地として一躍脚光を浴びた。安中を通る旧中山道はその重要な交通路である。多くの外国人の往来し、上州(群馬)の片田舎にハイカラな風を送り込んだことは想像に難くない。駅の開設が1885(明治18)年と早いのも、そうした理由からだろう。

駅舎には、後継者不足などで消滅した国の重要無形文化財だった「中宿糸操燈籠人形」 の写真だけが展示されている

1878(明治11)年、日本人の手で初めて創立された「安中教会」は、同志社大学を創立した新島襄や日本初の私設図書館「便覧舎」を創設した湯浅治郎、反戦思想家の柏木義円、同志社大総長を務めた海老名喜三郎らに影響を与えた。日本の「廃娼運動」が、この安中の地から始まったことは意外と知られていない。
旧安中藩の武家屋敷跡、碓氷郡役所跡など、江戸と明治が交錯した歴史を「安中」で探すのも旅の一興かもしれない。

日本初の民間図書館「便覧舎」の跡

珍しい「ゴルフ観音」も市内にある。全性寺・青海正光住職と筆者   

May 2017

2017年5月

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プロフィール

駅ものがたり

担当
太田 博さん

1940年静岡県浜松市生まれ。早大卒。元朝日新聞記者。伝統芸能、民俗芸能を担当、現在も評論執筆、旅のエッセイストとして活躍。文化庁芸術祭審査委員長、芸術選奨選考委員などを歴任。現在は高円宮記念地域伝統芸能選考委員。主な著書に『落語と歌舞伎・粋な仲』(平凡社)、共・編著に『思い出してしまうこと』(講談社)、『別冊太陽・落語への招待』(平凡社)など。